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ルポ 消えた子どもたち (つなぐ図書館 No.007)

虐待・監禁の深層に迫る (NHK出版新書 476)

ルポ 消えた子どもたち―虐待・監禁の深層に迫る (NHK出版新書 476)

 

はじめに

もし、お隣さんや近所の人の子どもが虐待・監禁されていたとしたら、あなたはそれに気付くことができますか…?

2014年5月末の土曜日、「神奈川県厚木市のアパートで、5歳くらいの男の子と見られる白骨化した遺体が見つかりました。死後7年以上も放置されていたと見られています」というニュースが放映されました。このニュースを覚えている人もいるかと思いますが、私はこの本で初めて知り得たことでした。中学校に入学する年になっても所在が確認できないため、児童相談所が警察に連絡をして発見されたそうです。なぜ、この男の子は死後7年以上も放置されてしまったのでしょうか。なぜ、誰にも気付かれずに死んでしまったのでしょうか。

18歳まで監禁されていた少女

博多事件とも呼ばれているそうですが、この少女が当時発見されたときの身長は120㎝余りで体重は22㎏。周囲の人は小学校低学年ほどだと思ったそうです。実際の年齢は18歳でした。彼女は小学校も中学校も1日も通わせてもらえず、母親により18歳までの間、団地の一室に閉じ込められていたそうです。少女が自宅から逃げ出せたことにより、保護されました。

この少女には兄と姉がいて、兄と姉は普通に生活していたそうです。兄と姉、父親、皆が見て見ぬふり、誰も助けてはくれない。母親からは、暴力だけではなく「お前なんか生まなければよかった」「お願いだから早く死んで」「目の前から消えて」などと毎日のように言われ、生きてきたそうです。考えられますか?なんで兄と姉は普通に過ごしているのに、私だけ?なんで同じように過ごしてはいけないの?なんで叩くの、引っ張るの?誰か助けて。本を読んでいたら、彼女のそんな悲鳴が頭の中に流れ込んでくる気がして、胸が苦しくなりました。苦痛なんてものじゃない。そんな一言で表せられない。

彼女が自殺しようとしたとき、いつも母親に止められたそうです。「この周辺で死なれたら近所迷惑だから。警察が来たときに私たちが殺したと思われるし、死ぬならどこか遠くで死んで」と。毎日のように死ね死ねと罵声を浴びせているくせに、本当に死のうとしたら、ここでは死ぬな。死ぬならどこか遠くで死ね。そんな風に言われ、死ぬこともできず、捕まった時の恐怖から逃げ出すこともできず、そうやって過ごしてきたそうです。

近所の人たちは、警察が来て騒ぎになった時、あの家にもう1人子どもがいたのだとはじめて気付いたそうです。近所に住んでいても存在すら認識されていなかったのです。でも、私自身思い返してみても近所の家族構成をちゃんと知らないなと感じますし、実際ご近所付き合いなどといった触れ合いも全くしていないなと思いました。もし、自分の近所の子どもが監禁されていたとしても、全く気付くことなく過ごしているのだろうなと思いました。その状況に怖いと感じつつも、私自身確信もないのにどうしたらいいのかわからず、特になにもできていません。心では、もしそのような子がいたら気付いてあげたい、助けてあげたいと思っていても、実際はどうしたらいいのか、どうすれば異変に気付くことができるのか、助けてあげられるのか、全然わかりません。

母親は少女に障害があると思い、監禁し続けていたそうです。母親も母親で苦しんでいたのかもしれません。だからといって少女にしたことが許されることではないし、間違ったことをしたのには変わりありません。ですがもし、社会がもっと躊躇なく助けを求められる社会だったなら、何かあった時に迷わず手を差し伸べてあげられる社会だったなら、少女の母親も誤った行為をせずにすんだのでしょうか。

貧困のせいで子どもがホームレス、犯罪に

子どもが消える理由で、一番多いのはネグレクトを含む虐待。その次が、貧困・借金からの逃避だそうです。お金がないから学校に行きたくても行けない。こういう場合、どうしたらいいのでしょうか。

世界には、学校に行けない子どもが約1憶3千万人いて、働いている子どもは約2億5千万人います。貧困。それは日本だけの問題ではなく、世界中で抱えている問題だと思います。開発途上国と呼ばれる国々では、1年間に590万人の子どもたちが5歳をむかえる前に命を失っているそうです。これは1日に約1万6,000人、およそ5.3秒にひとりという割合で亡くなっているということです。また、開発途上国の子どもの4人に1人は栄養不良と言われています。飢えにより死んでしまったり、栄養不良になったり、これも貧困による結果です。

貧困問題は日本よりも世界のほうがもっと深刻だと感じることが多いです。そのため、日本にも貧困で苦しみ傷ついている子どもたちがたくさんいることを、私はこの本を読むまでちゃんと知りませんでした。貧困といえども、世界の貧困に比べれば、日本はまだそれほどでもないのでは、などと思っていました。しかし、子どもにとっては、その苦しみの比率なんて関係ない。苦しみの度合いは人それぞれだから。

確かに日本のほうが貧困で苦しむ人数もその状況の悲惨度も良い方かもしれません。でも実際に、貧困で学校に行けず、ホームレスや車の中での生活、犯罪に手を染めなければ生きていけない、そんな現状が日本にもあるのです。

学校に行きたくても行けないという子どもたちがいることを知りもしないで、今まで平然と通い、卒業してきた学校。私にとって学校に行くことは当たり前でした。日本には義務教育があり、子どもが学校に行くのは当たり前、それが義務だからと、行けていない子どもがいるなんて当時の私は考えてすらいません。そんな当たり前だと思っていることでさえ、当り前じゃない。感謝するべきことなのだと改めて実感しました。

消えた子どもたちのその後

この本には「保護がゴールではない」と、書かれています。どのケースでも、本人の勇気や偶然をきっかけとして初めて社会が気付いたわけであって、本来、姿の見えない子どもたちに対して気を付けるべきである行政機関や、その存在に気付いてもおかしくない周囲の人々が発見したわけではない、と。

日々放映されるニュース。それを見て「助かってよかった」「保護されたから安心だ、よかったね」などと皆さんも思ったことあるのではないでしょうか。でもそれはやはり第3者の立場でしかなくて。言い方は悪いかもしれませんが、野次馬でしかないのだと思います。あなたがその子に何をしてあげられた?もし近所の子どもだとして、その存在に気付いていたとしたら?どう行動に移してあげることができた?その子が助かってから、その場だけ「良かった」と言うのはとても簡単なことです。

異変に気付いたとき、迷わず手を差し伸べてあげることや、行政機関へ連絡など、あなたのその勇気が、誰かの救いになるかもしれない。いのちを救えるかもしれないのです。その時気付いてあげることができなかったとしても、保護されてからもできることはたくさんあります。あなたにできることでいいです。1つ1つの積み重ねが大切だと私は思います。1人1人の心配りがいのちをつないでいくのだと思います。

最後に

私は今大学3年生です。将来は児童系の職種に就きたいと思っています。そのため、現在はある児童養護施設でボランティアをさせていただいています。そこで過ごす子どもたちと普通に家庭で暮らす子供たち。なんにも違いはありません。普通の子どもたちなのです。その子たちが悪かったとかそんな非なんて全くない。だけど子どもたちの中には自分が悪い子だからと自分を卑下してしまったりする子もいるのです。たくさん苦しんできたのに保護されてからも苦しむ理由はどこにあるのでしょうか。

助けてほしくても素直に助けを求められないで問題行動を引き起こしてしまう子どももたくさんいます。私自身まだまだ未熟で、何をしてあげることができるのか、なんの手助けになれるのか、全然わかりません。だけど今は子どもたちが笑ってくれたら、それでいいなと思い、通っています。何ができているかはわからないけど、たくさん笑って過ごしてほしいです。その笑顔の積み重ねや関係が、きっといつかその子たちの力になってくれると信じています。

(2016.12.29 学生インターン 落合紗彩)