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母さんごめん、もう無理だ (つなぐ図書館 No.009)

~きょうも傍聴席にいます~

母さんごめん、もう無理だ (朝日新聞社会部)

 

 

はじめに

 

皆さんは、殺人に「やむをえない事情」があって良いと思いますか。

毎日のように目を背けたくなるような事件や出来事が、新聞に掲載されニュースで報道されています。しかし、新聞やテレビの報道で取り上げられる事件は、全体からみればほんのわずかです。裁判事件であれば、政治家の汚職事件の裁判など社会の注目を集めるような大型裁判でなければ、大きく取り上げられることはありません。新聞社の裁判担当記者は、長い日は朝から晩までずっと傍聴席に座っています。その中で新聞記事になるのは、ほんのわずかであるというのが現実です。しかし、その記事にならなかったたくさんの裁判には、決して他人事では済まされないような背景や出来事がたくさんあります。

この本には、介護、子供、貧困、男女問題など様々な問題から起こってしまった事件の裁判記録が29編にわたって書かれています。世の中で起きている事件の背景にはどのような問題が隠されているのか。このことについて考えてもらえるきっかけになればと思います。

 

「妻と子供を守る義務がある」

 

就寝中の息子の胸を刃物で刺し、命を奪った父に告げられたのは、執行猶予付きの判決であった。裁判長は、「相当やむを得ない事情があった」と述べた。ともにプラモデルが好きで、二人三脚で大学受験に臨むほど仲がよかった父子に、何があったのか。

 

事件の経緯を、検察の冒頭陳述や被告の証言からたどる。
約10年前、息子は高校生のとき、精神の障害と診断された。通信制高校に移るなどしたが、浪人生活を経て大学にも進学。卒業後はガス会社に就職した。

しかし、次第に変化が生じる。仕事がうまくいかず、職を転々とした。「自分をコントロールできない」と本人も悩んでいた。家族への言動が荒くなり、次第に暴力も始まった。ついには母親を蹴り、骨折させてしまう。

被告は、警察や病院、保健所にも相談を重ねた。警察からの助言は「入院治療について主治医と話し合って。危害を加えるようでしたら110番してください」。保健所でもやはり、「入院について主治医と話し合ってください」。一方、主治医の助言は、「入院してもよくなるとは言えない。本人の同意なく入院させれば、退院後に家族に報復するかもしれない」。ただ、「警察主導の措置入院なら」と勧められたという。

ただ、警察は措置入院に前向きではなかった。被告が相談に行っても、「措置入院には該当しないのでは」との返答。被告は、次第に追い詰められていった。

 

そして、事件は起きた。被告が留守中に息子が暴れているとの連絡があった。急いで帰宅し、暴れる息子を目にして110番通報した。駆けつけた警察官に、被告は再度、措置入院を懇願した。しかし、警察官が来てからは落ち着き「措置入院にするのは難しい」といわれた。

一家は当時、娘を含めた4人家族であった。皆が暴力におびえていた。追い詰められた被告は、その夜中に寝ている息子の左胸を刺して殺した。被告は、そのまま死んだ息子に寄り添って寝た。

被告は、「私は、妻と娘を守る義務がある。警察や病院で対応できることには限度があるが、暴力を受ける側は悠長なことは言っていられない。私は夫として、父として、こうするしか思いつきませんでした」と述べ、息子のことを「友達のような存在であり、一番の話し相手だった」と語っていた。

 

この事件は、この本に書かれている29編の裁判記録のうちの1編です。このように実際の被告人や、弁護人、裁判官等の会話を中心に裁判内容が淡々と書かれています。

もし措置入院ができていたのなら、もし被告の相談に対し誰かが耳を傾けてくれていたら、違う結果になっていたかもしれません。助けを求めていたのにも関わらず、結果的には、一番苦しみ、息子のために行動していた父親が殺人犯となってしまいました。

助けを求める声に対して、たらいまわしにするような対応しか取れなかった、警察や病院が悪かったのでしょうか。父親の弱さが悪かったのでしょうか。暴力で家族を追い詰めた息子が悪かったのでしょうか。また、「相当やむを得ない事情があった」との判決であったが、人を殺すことに対してやむを得ない事情があっていいのでしょうか。

その答えは、この本には書かれていません。人それぞれが考えることであり、正解はないのかもしれません。しかし、この家族を「やむを得ない」状況へ追い詰めてしまったことは、私たち社会が考えるべき課題なのでしょう。同じような事件を繰り返さないようにするためにも考えなければいけません。

 

感想

 

私は、どんな事件にも「やむを得ない事情」は、あってはならないと思います。それが、人の命を奪うような事件であればなおさらのことです。この本に書かれている29の裁判記録を読んでも考えは変わりませんでした。

ただ、事件内容と裁判結果だけを知るのと、それらに加え事件の背景も知るのとでは、受け取り方や感じ方がまるで違うと感じました。事件の背景を知ることは、同時に社会で起きている問題をも知ることです。共感は出来ないけれど、「私が同じ状況にいたら、どうしていたか」と考えさせられます。

この本を読むことで、社会でどのようなことが問題になっているのかを少しでも多くの人に考えていただければと思います。

 

 

(学生インターン  進藤美智子)